せつなのブログ

理系大学生のブログ ゲームとか学問の話をしていけたらなーと思っています

eスポーツ専門学校を馬鹿らしく思う理由 将来の失敗を回避するために

 今日はeスポーツについて

 

 プロを育成するために~だとか色々意見はあるでしょうが、世間から見れば「ただゲームをしているだけ」でしょう。

 なぜこれほどまでに馬鹿馬鹿しいと感じてしまうのかを考えます。

 

 原因は、環境と人材の整備を怠ることにあると考えています。

 このままいくと、他の事業と同じ失敗を繰り返すことになるでしょう。

 

 

eスポーツ

eスポーツとは

 eスポーツとはエレクトロニック・スポーツの略称で、我々のよく知る野球やサッカーとは異なり、コンピュータゲームをスポーツとして扱うときに用いられます。

 

 最近では企業と連携するeスポーツチームや有志で集まって活動をするクラブがあったりするなど、なかなかの活気を見せている分野です。

 

 しかし、社会への浸透や理解が十分でなく、「ゲームは子供がするもの」だとか「遊んで金を稼いでいる」といった意見も存在します。

 

専門学校が話題に

 そんな中、とあるeスポーツ専門学校のルールが話題を集めています。

 

 どんなルールかと言えば、

     教室のある10階までエレベーターを使わずに階段で登るというルール。

 

 たまに派遣社員は~してはいけないみたいな書き込みを見ますが、それに類似した何かを感じます。

 twitterでも、ルールの意義を理解できずに困惑している人が多くいました。*1

 

 さらには、授業風景として大人数でゲームをしている画像をSNSにあげている専門学校もありました。

 

 

 あほらしいと思って一蹴することもできます。

 しかし、この背景には社会と当事者の間の認識不一致があると考えています。

 実は、同じ歴史が他の事業でも繰り返されてきました。

 このままではeスポーツ事業は過去の失敗を繰り返すことになるでしょう。

 

 

過去の失敗を繰り返さないために

 賢者は歴史に学ぶといいます。

 我々も過去の失敗から学習していくことにしましょう。

大学院拡充政策 失敗例として学ぶべきこと

 ご存じの方もいるとは思いますが、これは国が主導した政策です。

 eスポーツは民間の企業の話でしょ?と思う方も、とりあえず考えてみてください。

 

どんな政策だったのか

 現在の大学には、学士過程4年・修士課程2年・博士課程3(4)年という過程が存在します。

 学士では研究の基礎や教養を学び、修士以降は学術研究について学びます。

 そして学士過程を卒業すれば修士課程に、修士課程を卒業すれば博士課程に進学することができるという制度になっています。

 

 大学院拡充政策とは、

  修士課程・博士課程(大学院)に進学できる人数の枠を大幅に増加させる政策です。

 

 それまでは狭き門とされていた大学院入学でしたが、この政策を機に進学する人が増加したわけです。

 

 「多くの人が色んなことを学べるようになったから成功だね」となるかと言えば、

そうとも限りません。

 大学院拡充政策は、負の面が大きすぎて失敗だったと考える人が多くいます。

 

どうして失敗と言われたのか

 大学院、特に博士課程においては卒業したときには(若くても)27歳です。

 研究で結果をだして卒業したのですから、能力は高いはずです。社会に出てもやっていけると考えるのが自然でしょう。

 

 しかし、現実は違いました。

 

 新卒採用が主流の日本企業では、27歳はベテラン扱いされる年齢です。

 27歳を新卒として採用してくれる風土はありません。

 

 じゃあ研究機関はどうかというと、予算が潤沢にないために雇える研究員の数に限りがあります。

 政策によって大幅に増えた博士を全て雇うことなど出来はしません。

 

 結局博士という称号は得られたが、

        卒業後の行き先がないという人が大量に生み出されてしまいました

 

 現在も同じ状況は続いており、科学を担う人材である博士を軽視したことが、日本の低迷につながっていると考えられています。

 

なぜ失敗したのか 

 結論から言うと、

    生み出した人材を活用する場所を作り出せなかったのが失敗の原因です。 

 

 博士の例だと

  • 企業は高齢を理由に雇ってくれない
  • 研究機関は雇用すらできない

 という問題でした。

 

 数を増加させた国ですが、増加した博士の受け皿は何も用意しませんでした。

 その結果、企業は無理解、研究機関は何もできないという悲劇が誕生したわけです。

 

 要は後先考えずに人材を誕生させて、

    そのあとは知らんぷりという愚策を行ってしまったのが問題だったのです。

 生み出した人材の価値を社会に示すことを怠ってしまったのです。

 

 eスポーツでも同じことが起きていると考えています。 

 そして、このままでは同じ未来が繰り返されてしまいます。

 

 

eスポーツも失敗する

 大学院拡充の失敗を書きましたが、eスポーツでも同じことが起きています。

 社会の理解を向上させなければ失敗に終わります。

eスポーツ専門学校は人材を誕生させるだけ

 冒頭の専門学校は将来のプロゲーマーを誕生させることができるかもしれません。

 

 では、プロゲーマーになれなかった卒業生はどうでしょうか。

 社会・企業で何ができるか、何が強みかの価値を示せるでしょうか。

 

 当事者は eスポーツ=通常のスポーツという図式があるのでしょうが、それを周囲に伝えることができるでしょうか。

 階段を10階まで登ることの意義をきちんと説明できるでしょうか。

 

 ましてや、関係者や専門学校自身がそれらを発信しようとしているでしょうか。

 

 ごく一部の集団*2だけが理解してれば良いと考えるかもしれません。

 ですが、集団の人数は必ず減少していきます。

 今は良くとも、将来には事業自体の活気が失われてしまいます

 

 そうなったときには手遅れであることを、我々は良く知っているはずです。

 

社会への理解を促進するには

 では、どのように理解を促進すればよいかを考えます。

 とはいえ、僕にもどうしたらよいかわかりません。

 

 偉そうに批判記事を書いてきましたが、乗り越えるべき壁が多いのが現状です。

  • ゲームは(子供の)遊びという考え
  • その遊びで収入を得ることへの不理解 etc...

 

 そういった議論をするためにも、

       個々人が何らかの考えを持つことが重要ではないでしょうか。

 

まとめ 

  • 当事者と社会の認識不一致が存在する
  • 人材の供給だけでは成功せず、人材を活かす場所を用意する必要がある
  • 場所を用意するには社会との連携が不可欠
  • 社会の理解を促進しなければ、事業の将来の活気がなくなってしまう
  • 積極的な議論が求められる

*1:当事者には何らかの意義があるのでしょうが…

*2:eスポーツだと、該当ゲームをプレイしている人たち